よりみちガーデンとは?

かなざわ探訪

#街の豆腐屋

2021.05.10

豆腐に、とことん向き合う。「豆吉」が地域に愛される、街の豆腐屋になるまで

豆吉

金沢区釜利谷

金沢文庫駅からバスと徒歩で約20分ほどのところに、「豆吉」という一軒の豆腐屋さんがあります。すっきりと落ち着いた外観は、私たちが頭の中で思い描く「街の豆腐屋さん」のイメージからは程遠く、まるでおしゃれなカフェに迷い込んだかのよう。

「最高峰の豆腐を、できるだけ手に届く価格で提供し、地域の方々に愛される 街のお豆腐屋””を目指したい」

そんな想いでお店を経営する、岡部吉明さん・博子さんご夫婦に話を伺いました。

元々は、吉明さんのお父様から後を継いだ豆腐工場を埼玉で営んでいました。しかし、後継者がいないことや、卸先が飲食店やスーパー、学校など多岐に渡ったため、ほとんど休みがなかったこともあり、豆腐づくりの世界から一度引退することを決めました。

辞めた理由はもう一つ。大手工場での豆腐づくりは、大量生産を行い、できるだけ多くの卸先に買ってもらわないと成り立たない商売です。大量生産はできなくとも、こだわりの豆腐を作りたい。「本当に作りたい豆腐は、今の環境では作れない」と、長い間葛藤していたのだそう。そのため、引退後も豆腐づくりへの想いは、ずっと心に残ったままだったと言います。

そんなふたりに転機が訪れたのは、5年前。工場を他の方へ譲渡できたことをきっかけに、長年住んだ埼玉の地を離れ、娘さんが暮らす金沢文庫で住まいを探していたときのこと。条件に合った土地を購入したところ、なんとその場所が「商業可」の土地だったと後に分かったのだそう。さらに、「いつか豆腐を作るならこの大豆を使いたい」と思っていた、“運命の大豆”と契約できる可能性が出てきたのも、同じころでした。店づくりをする”場所”と、豆腐づくりに欠かせない”大豆”との出会い。その2つが重なったことで、ふたりの心は決まっていました。

「これはタイミングなんだな、と思いましたね。周囲からはずいぶん反対されたんですが、自分たちが食べられる分だけ売れたらいい。まずは自分たちの家族を満足させる豆腐づくりをしよう、と始めることにしました。還暦を超えた私たちの新たなチャレンジだったんです」(博子さん)

ふたりが「運命の大豆」と思っていたのは、滋賀県産の大豆「ミズクグリ」。芳醇な香りと強い甘みが特徴です。さらに神奈川のおいしい水、そしてにがり100%で豆吉の豆腐は作られています。

お客様からは「豆吉の豆腐は日持ちが良い」と言われるのだそう。その理由は徹底した衛生管理にあると言います。

「スーパーなどで売っている豆腐のほとんどは、一度パックごと煮て殺菌をしているんです。そうすると日持ちする一方で、どうしても味が落ちてしまうんですね。そこで殺菌をせずに製造できるかがおいしい豆腐を作るポイントだと思います。私たちは工場での豆腐づくりを経験しているので、どうしたら菌が増えないかとか、衛生管理の方法が身体に沁みついているんですよ。とにかく工房の掃除を怠らないこと、そして冷やすこと。これを徹底して、加熱殺菌しない豆腐を作っています」(吉明さん)

熱を加えないから味が落ちない。シンプルだけど簡単には真似のできない、豆吉のおいしさの秘密です。

また、季節ごとに新商品を開発することも、ほとんどしません。それは何百、何千という試作を重ねてきたふたりの答えが、ショーケースの中に詰まっているから。

「お味噌も、お米もそうだけど、究極においしいものがあったら、他ってあまり必要ないと思うんです」と博子さん。豆吉は「デザインをしない」をコンセプトに、パッケージなども極力シンプルにしています。その分、豆腐の材料だけにすべてをかけているのだと教えてくれました。

これまでの経験の全てが「最高の品質のものを、手が届く価格で提供する」という豆吉の豆腐づくりに活かされているのです。

一方でそのままで食べても美味しい豆吉の商品を、どうアレンジしたらよいか分からない人も多いのだそう。そんな方のために、今後は、いかにおいしく、簡単に調理できるかを伝えるレシピを、Instagramで公開していく予定です。さらにお客様からも、豆吉の商品をおいしく食べるための方法を教えていただくこともあるのだとか。豆腐を介して、地域の方々とのコミュニケーションが生まれています。

今でこそ、地元だけでなく、遠方から訪れるお客様も増えたそうですが、初めは売れ残った豆腐を前に、肩を落とす日も多かったと言います。

そんなある日、疲れた表情で博子さんが店頭に立っていたとき、あるお客様からこんなことを言われたのだそう。

「辞めたいなんて思っちゃダメだよ。君んちの豆腐は僕の家のオフィシャルになったんだからね」

お客様に励まされ、もう一度立ち上がる勇気がもらえたと、博子さんはいいます。そうして豆吉のおいしさを感じた人が少しずつ増え、自宅で食べる分だけなく、周りの人に配るために、どっさり買い込むお客様もいました。おまけに豆腐をもらった人の多くが、今度は自分で、豆吉に足を運んでくれるのだそう。

「僕らがお願いしたわけでもないのに、お客様が宣伝役を買って出ていただいて……。金沢文庫の人たちは、みんな優しくて、私たちは本当にただただ感謝するばかりです」(吉明さん)

ふたりが目指すのは「地域の人に愛される、街の豆腐屋」で在り続けること。夫婦ふたりの掛け合いと、豆腐にかける愛情。そして買った人の日々の食卓に彩りを与えてくれる、真っ白な豆腐。一度足を運べば、豆吉という存在が、あなたの食卓の欠かせないものになるかもしれません。

豆吉

金沢文庫駅からバスと徒歩で約20分ほどのところにある、一軒の豆腐屋。

SNSでシェア