よりみちガーデンとは?

かなざわ人物語

ノキサキドヨウイチ

2022.05.30

“好き” で広がるコミュニケーションの輪、「ノキサキドヨウイチ」主催者・依知川亜希子さんが作る “みんなの待ち合わせ場所”

編集ライター/コピーライター依知川 亜希子さん

金沢区金沢町

月に一度、どこかの土曜日に開かれるマルシェがあるのをご存知ですか? 告知はFacebookのみ、場所の説明は「称名寺の近く」という表記だけ。付近を探すと、車1台通れるほどの道幅の路地に、突如にぎやかな一角が現れます。そこには、自然農の野菜や果物、お弁当にお惣菜、パン、焼き菓子などのフード類ほか、洋服やバッグなどのファッションアイテムも並びます。さらに、アート感覚を養うものづくりやスパイスカレー、フラワーアレンジメントなどのワークショップに、マッサージを受けるスペースも。それこそが、マルシェ「ノキサキドヨウイチ」です。

 

「こんにちは〜!」

主催者の依知川亜希子さん、マルシェ出店者たちが明るく声をかけてくれます。活気ある空気に、溢れる笑顔。住宅地の中のちょっとした異空間「ノキサキドヨウイチ」が人々の心を鷲掴みにする秘密を探ります。

出店者とお客さんの境目がない開かれたコミュニケーション

横浜・元町出身の依知川さん(48)。普段はフリーランスのコピーライター、編集ライターとして雑誌やWeb媒体、広告の仕事を手掛けています。2011年、結婚を機に、夫の実家がある金沢文庫に引っ越してきました。

「当時は友だちや知り合いは全然いませんでしたね」

そんな状況から、どうやってマルシェを開くことになったのでしょうか。

当時、依知川さん宅の近所にスタジオがあった料理教室「KISSAKO」(現在は「KISSAKO labo & pantry」として辻堂東海岸にオーガニック食材店をオープン)に参加したことをきっかけに、主宰の鈴木さんと意気投合。そこで年に 2度ほど開催される「KISSAKOマルシェ」に遊びに行く中で、毎回出店している自然農の農家「うるしやファーム」に出会いました。

「うるしやファームの野菜がとっても美味しんですよ! それまで近所で自然農の野菜や果物を直接買える場所がなかったので、この野菜を定期的に買うことができたらいいなと思ったんです。『じゃあ自宅でマルシェを開いて、そこで販売してもらったら良いじゃん』と思いつきました」

「やってみないと分からないからとりあえず1回開いてみよう」と、依知川さんはうるしやファーム、KISSAKOなどに声をかけ、2019年11月2日、軒先を利用したマルシェ「ノキサキドヨウイチ」をオープン。うるしやファーム代表の林さんが当時を振り返ります。

「 “ノキサキ” とはいうけど、ほんとに軒先とは思わなかったですね。正真正銘の路地裏だし、人が来るのか心配しました。でも意外と来たんです。びっくりしました」

うるしやファーム代表・林さん

マルシェは大成功。それから毎月開催されるようになり、出店者の数も増えていきました。出店者の顔ぶれが毎月少しずつ変わるのもお客さんにとっての楽しみになっています。

大々的な告知をしていないにもかかわらず、ご近所さんや顔なじみの人のほか、ウワサを
聞きつけていろいろな人がやってくるようになりました。今ではリピーターも多く、金沢区から藤沢へ引っ越した家族が車で1時間かけて来たり、都内から電車を乗り継いで訪れる人もいるのだとか。

KISSAKO labo & pantryの店主・鈴木さんにもノキサキドヨウイチの魅力をきくと、「出店者とお客さんの境目がないこと」と即答。取材中も、出店者がお客さんに混じってボールチャーム作りのワークショップに参加。その間の店番は、依知川さんやほかの出店者が担当し、慣れた様子で接客する場面もありました。

ノキサキドヨウイチの魅力はこれにとどまりません。初対面の人々がいつの間にか昔からの知り合いのように交流する現象が毎回起こるのです。今日初めて会ったお客さん同士が、一緒にケーキを食べながら立ち話をするのは当たり前の光景。ある常連客の女性は「近所でやっているからではなく、楽しいから来る」と話していました。ほかのマルシェでは味わえない来市者同士の交流が多くの人を惹きつけているのかもしれません。

 

2以上継続して開催できる理は「自しい」から。

2019年の初回以来、ノキサキドヨウイチは中止やお休みをすることなく、毎月開催し続けています。出店者はスケジュールの合う月に参加しますが、依知川さんは雨の日も、雪の日も、暑い日も、寒い日も、そこに立ち続けてきました。依知川さん以外の参加者は口をそろえて「毎月開催するのはパワーのいること」と感心します。ただ、とうの依知川さんは苦ではないのだとか。

「わたしが好きな食べ物、好きなセンス、好きな世界感を持つその道のプロたちがここに集まってくれるんですよ!  “うれしい” と “楽しい” しかないです。わたしはマルシェ運営を仕事にしているわけではないので、ここで稼ぎたいとか、規模をもっと大きくしたい、というのがないんです。大げさに言うと、 “ノキサキドヨウイチ=わたし” だから続けられるんです」

ノキサキドヨウイチに並ぶものは依知川さん自身が自らの生活に必要だと感じているもの。それを独り占めするのではなく、ほかの人にもシェアしたいという思いから続けているので、 “毎月続けなきゃいけない” という義務感やプレッシャーがありません。

「わたしは “場” を開くだけ。ノキサキドヨウイチはみんなで作るみんなの待ち合わせ場所なんです」

依知川さんが敬愛しているものを紹介していたら、それを好きだと思う人々がたくさん増え、月に一度みんなが集まる場所になっていました。

待ち合わせの輪はどんどん拡大。最初は依知川さんと出店者で宣伝していたものが、今ではお客さんの口コミによって広がっています。

あるとき、近所に住む認知症のご婦人がやってきました。同じ話を何度も何度もするご婦人に対して、出店者は他のお客さんと同じように接し、ときに冗談を交えて一緒に笑って過ごしたそう。それ以来、そのご婦人は常連のお客さまになり、自宅の庭の草花を摘んで出店者にプレゼントすることも。最近では出店者が揃って写真撮影をする際に一緒に映り込み、満足げに帰って行ったそうです。

「このメンバーでノキサキドヨウイチをやっていてよかった」

コンセプトは、小さなスペースに大きなコミュニケーションをぎゅうっと詰め込んだ市。扱う商品になみなみならぬ愛情とこだわりを持つその道のプロ(出店者)と、対話を通して自ら選びたいお客さんとの待ち合わせ場所。年齢、性別、社会的属性、既婚、子どものありなしなどは関係ない。大切なのはノキサキドヨウイチが好きかどうかだけ。

「自分で自分が安心できる楽しい居場所を作ることができたのがノキサキドヨウイチをやってきて一番よかったことかもしれません。だから “誰かのため” とか “地域貢献” なんてつもりはまったくなくて、ただ自分本位なだけなんですよ。でも、それがみんなにとっても安心できる場所になっていたら良いなと思います」

ノキサキドヨウイチは生きている

依知川さんは仕事とプライベートの両面で台湾を旅することが多く、そこで買い付けた洋服や雑貨を販売する「我的最愛」という屋号も持っています。また、「kiho」というアパレル企画のディレクションも手掛けており、自ら出店者としてノキサキドヨウイチに立つことも。

出店者は同じメンバーで固まることがありません。いろいろな場所に足を運ぶ依知川さんが実際に食べて、使って、体験して、 “ぜひ出店してほしい” と声を掛けるメンバーのほか、お客さんとして遊びに来てコンセプトに賛同し「参加したい!」と輪に加わるメンバーも。共通しているのは、依知川さんが “ノキサキドヨウイチに集まるみなさんに自信を持って紹介したい” と思える出店者だけ、ということです。出店者はそれぞれが好きなタイミングで参加不参加を決めるので自然に入れ替わりが起こり、毎回新しい風が吹いています。

「ノキサキドヨウイチは、生き物みたいな感じですね。私がうれしい、出店者もうれしい、ご来市くださるお客様もうれしい、こういう小さな循環があちこちに増えて、それぞれがそれぞれのペースでぐるぐるしていけばいいのになぁと思います。そうしたらもっと素敵で成熟した社会になると思うんです」

帰りがけ、依知川さんに駆け寄る男の子たちがいました。

「次のノキサキ何日?! 誰が来るの!? ワークショップ何? おれもやりたい!!」

言葉では言い表せない魅力の詰まったマルシェです。必要なものだけ買ってサッと帰るもよし。ワークショップやマッサージを体験したり、ここに集まる人々との交流を満喫するもよし。豊かなコミュニケーションが交差する “待ち合わせ場所” に足を運んでみてはいかがでしょうか?

依知川 亜希子さんさん

編集ライター/コピーライター

横浜市中区元町出身。映画誌「SCREEN」のエディトリアルデザイン、女性ファッション誌「Vita」の編集を担当。1999年からフリーランスの編集ライター/コピーライターとして、企画から編集、ブランディング、取材、執筆までを手がける。「世間ではなく社会に生きる、おもしろい居場所はじぶんでつくる」をモットーに、地域マルシェ「ノキサキドヨウイチ」の主催、アパレルブランド「kiho」のディレションなど、多岐に渡って活動中。

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